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東京高等裁判所 昭和52年(行ケ)195号 判決 1981年4月02日

原告 栄光時計株式会社

被告 公正取引委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

1  被告が原告に対し、公正取引委員会昭和五一年(判)第七号不当景品類及び不当表示防止法違反事件につき昭和五二年一〇月二四日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決

二  被告

主文同旨の判決

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  被告は、原告を被審人とする公正取引委員会昭和五一年(判)第七号事件について、昭和五二年一〇月二四日別紙のとおり審決(以下「本件審決」という。)をした。

2  本件審決は、原告が、時計、宝石及び貴金属の卸売業を営む事業者であり、輸入時計「ロンジン」を販売していること、原告が、昭和五〇年二月頃販売先である時計の小売業者を対象として、「七五年栄光ツアー・バアゼルフエアを見よう!ヨーロツパ旅行」と称する旅行(以下「本件旅行」という。)を行うことを企画し、右小売業者に対し、「右旅行に参加するにあたつては参加費用金四〇万円を支払う、参加小売業者の昭和五〇年一年間の「ロンジン」仕入高が金二四〇万円に達した場合には、その一箇月後に現金二〇万円を返済する、つまり原告が旅行費用の半額を負担することとなる」旨記載した案内状(以下「本件案内状」という。)を配布し、右旅行の参加者を募り、同年四月一九日から同月二八日までの間右旅行を実施したこと、そして、原告が、右企画に従つて右旅行参加小売業者のうち昭和五〇年中の「ロンジン」の仕入高が金二四〇万円に達した者に対し、一名につき金二〇万円を提供したこと、以上の事実を認定し、原告がした右金二〇万円の提供が不当景品類及び不当表示防止法(以下「景品表示法」という。)第三条の規定に基づく「事業者に対する景品類の提供に関する事項の制限」(昭和四二年公正取引委員会告示第一七号、以下「告示第一七号」という。)第一項の規定に違反するとしている。

3  原告は、本件審決が認定した右事実が外形上存在したことは争わない。

しかしながら、本件審決には、以下(一)ないし(四)に述べるような違法があるので、取り消さるべきである。

(一) 営業の自由は憲法第二二条第一項により認められた基本的人権の一つであり、これに対する制約は法律によつてのみなされるべきことは憲法上自明の要請である。ところで、営業活動の態様の選択も営業の自由の一内容をなすというべきところ、告示第一七号は、景品表示法第三条をうけて、景品類の提供制限という方法により営業活動の態様選択の自由に対し重大な束縛を加え、基本的人権の実質的制約を行うものであるから、それ自体違憲たるを免れない。よつて、右告示を適用してなされた本件審決は取り消さるべきである。

(二) 本件審決は、原告がした本件金二〇万円の提供は、本件旅行費用の半額返還の趣旨でなされたもので「景品類」の提供にあたると判断しているが、右金二〇万円は値引であつて、右の趣旨で提供されたものではないから、「景品類」にはあたらない。なるほど、原告が配布した本件案内状には「原告が旅行費用の半額を負担することとなる」旨の記載があるが、右は宣伝文句であつて不正確なものであり、本件旅行に現実に要した費用は旅行参加者が全額負担したのである。本件企画における金二〇万円の提供とは、案内状配布後原告が実際の旅行参加希望者との間にとり交わした「とりきめ」と題する契約書からも明らかなように、旅行参加者のうち一年間に金二四〇万円以上「ロンジン」を買上げた者には金二〇万円の値引をするということであり、原告は現に右のとおり値引を行つたのである。なお、右契約書は、本件金二〇万円供与の方法につき旅行参加者が経理上値引勘定として受け取ることとする旨を確認したにすぎないものではなく、案内状の宣伝文句により誤解の生ずることのないよう、金二〇万円が本来の趣旨通り値引そのものであることを確認すべくとり交わされたものであり、また、原告は、旅行参加者のうち右契約書をとり交わしていない者との間でも、右と同一内容を確認し、合意に達している。

よつて、原告の本件行為が告示第一七号第一項に違反する景品類の提供にあたるとした本件審決は、審決の基礎となつた事実を立証する実質的証拠を欠くことに帰し、かつ、法令の解釈、適用を誤つている。

(三)(1) 仮に、本件金二〇万円が本件旅行費用の半額返還の趣旨で提供されたものであるとしても、「不当景品類及び不当表示防止法第二条の規定により景品類及び表示を指定する件」(昭和三七年公正取引委員会告示第三号、以下「告示第三号」という。)第一項但書によれば、「正常な商慣習に照らして値引と認められる経済上の利益」は、それが顧客誘引手段として、取引に附随して提供されたものであつても、「景品類」に含まれないとされていることが明らかである。同項は、顧客誘引性と取引附随性とを備えたものが「景品類」であり、そのいずれかを欠くものが値引であるとはしておらず、値引も顧客誘引性と取引附随性の双方を備えているとの前提に立つからこそ、但書で「正常な商慣習に照らして値引と認められる経済上の利益」を景品類から除外しているのであつて、値引が右のいずれかを欠くものであるならば、そもそも同告示第一項本文によつてはじめから景品類にあたらないのであり、右のような但書をおく必要は全くないはずである。

したがつて、本件において、原告がした金二〇万円の提供に顧客誘引性及び取引附随性が仮に認められるとしても、そのことから直ちに右金二〇万円が告示第三号第一項但書にいう「正常な商慣習に照らして値引と認められる経済上の利益」に該当せず、同項本文の「景品類」にあたるとすることはできない。

(2) ところで、右但書にいう「正常な商慣習に照らして値引と認められる経済上の利益」にあたるか否かは、過去に同様の態様の前例が当該業界ないし当該事業者において行われたことがあるか否かの観点のみから判断されるべきではない。営業活動においては日々の創意工夫により新たな態様の取引方法が開発されるものであり、公正競争秩序の維持ないし消費者の利益保護に何ら欠けるところがないのに、単に過去に同様の例がないというだけの理由で営業活動を規制することになるのは不当だからである。本件においても、原告が行つた方法の外見的態様の新規性にとらわれるべきではない。さらに、右但書の趣旨を景品表示法第一条所定の目的に照らして考えれば、それは、公正な競争を確保し、もつて一般消費者の利益を保護する観点から正常と認められる値引の商慣習が取引社会に存在することを前提とし、そのような値引の商慣習を尺度として是認される程度の経済的利益の供与は(たとえ取引附随性と顧客誘引性を有するものであつても)、値引と認めて景品類から除外するという点にあるというほかない。

以上述べたところからすれば、右但書にいう「正常な商慣習に照らして値引と認められる経済上の利益」とは、その外見上の態様にとらわれることなく、「取引高に占める金額的割合が当該業界における正常な商慣習に照らして値引として通常行われる範囲にとどまつている経済上の利益」をいうと解すべきである。

(3) 外国製時計の卸売業界においては、価格の一五ないし二〇パーセントの値引は通常行われているところであり(本件審決も一〇パーセント程度の値引が通常行われていることを認定している。)、取引条件によつては三〇パーセントの値引も決して異例ではない。右業界においては、右のような値引の商慣習が公正競争確保、一般消費者保護の観点から是認されて存在しているのであつて、右商慣習となつている値引率を尺度にして、原告の行つた経済的利益の供与が是認されるか否かがここでの問題であるところ、原告が供与したのは、年間金二四〇万円以上の取引実績を挙げた事業者に対して金二〇万円であり、取引高に対する割合は八・三三パーセント以下にすぎない。

(4) 以上の次第であつて、原告が提供した金二〇万円は、告示第三号第一項但書の「正常な商慣習に照らして値引と認められる経済上の利益」に該当し、同項本文にいう「景品類」にはあたらないものというべきである。

しかるに、本件審決は、「本件二〇万円は、前記認定のとおり「ロンジン」の取引に附随して、本件旅行費用の半額返還の趣旨で提供された顧客誘引手段であつて、不当顧客誘引性が認められる以上、正常な商慣習に照らして値引とは到底認められないものである。」と判断しているものであつて(なお、審決は、右のように原告の本件行為が顧客誘引手段として不当であるとしているが、この点についても納得できるような理由を何ら示していない。)、ただ単に、取引附随性と顧客誘引性を備えるものは、それだけで告示第三号第一項但書に該当しない(したがつて「景品類」に該当する)というに等しく、右は法令の解釈、適用を誤つている。

(四)(1) 告示第一七号第二項は、たとえ「景品類」の提供であつても、同項各号のいずれかに該当する場合には、同告示第一項の制限から除外されるとし、右第二項第一号は、「………商品知識又は修理技術の指導その他当該商品の生産又は販売をする事業における正常な商慣習に照らして相手方事業者の当該商品に関する事業活動を助成するため必要と認められる景品類」を掲げているところ、原告が企画した本件旅行の主目的は、バアゼル・フエア(全世界の時計、宝飾品類が展示される見本市)及びロンジン時計工場の見学にあり、旅行参加者はすべてが「ロンジン」その他の時計の小売業者であつて、右のいずれの見学も「ロンジン」という商品についての知識を得るのに極めて意義があり、かつ、右商品の小売事業活動を助成するために必要な見学である。したがつて、本件金二〇万円は、相手方事業者の商品知識を深め、その事業活動を助成するために必要な見学旅行費用の一部として提供されたというべきである。

(2) 告示第一七号第二項第一号にいう「正常な商慣習に照らして」とは、前記(三)、(2)で述べたところと同様、当該景品類の提供について、過去に同様の態様の前例があつたか否かの観点からではなく、その金額が取引高に占める割合として通例であるといえるか否かの観点から判断すべきことを意味すると解される。

しかるところ、時計卸売業界においては、卸売業者が小売業者の商品知識修得のための見学・研修旅行の費用として取引高の八ないし一〇パーセント程度の金額を負担することはごく通例のことである。

(3) したがつて、本件金二〇万円の提供は、仮にそれが「景品類」の提供にあたるとしても、告示第一七号第二項第一号に該当するというべく、本件審決がこの点に何らふれることなく、原告の行為を同告示第一項に違反するとしたのは、法令の適用を誤つている。

4  よつて、原告は本件審決の取消しを求める。

二  請求原因に対する被告の認否及び反論

請求原因第1、2項は認める。同第3項は争う。

同第3項(一)について。

景品表示法は、不当な景品類の提供による顧客の誘引を防止することにより公正な競争の確保を図るため、複雑な経済社会の変化に対応できるように、先ず第二条第一項で、「景品類」について同項の定める制限の範囲内において公正取引委員会が指定することとし、次に第三条で、不当な顧客の誘引を防止するため必要があると認めるときは、公正取引委員会が景品類の提供を制限又は禁止することができる旨を規定し、第五条第一項で、右の指定又は制限等をする場合には、公聴会を開き、関係事業者及び一般の意見を求めることとしているのであり、告示第一七号は、まさに右景品表示法第三条の委任に基づき、同法第五条第一項に定める手続に従つて定められたものであるから、同告示が憲法に違反するとされるいわれはない。

同第3項(二)について。

本件案内状の記載は、原告の主観的意図にかかわりなく客観的にみれば、「ロンジン」を金二四〇万円購入すれば本件旅行に実質的に旅行費用の半額負担で参加できるとの趣旨に理解されるものであるところ、原告主張の「とりきめ」と題する契約書は、右案内状により既に本件旅行に参加する意思を固めた者との間でとり交わされたものであつて、しかもその内容は、右案内状により性格づけられた本件金二〇万円の旅費の半額返還という趣旨を何ら変更するものではなく、単に本件金二〇万円供与の方法について、旅行参加者が経理上値引勘定として受け取ることとする旨を確認したものにすぎない。

同第3項(三)について。

告示第三号第一項は、「景品類」の要件として「顧客誘引性」及び「取引附随性」を規定しているところ、原告は、取引先多数に対し、本件案内状を配布する等の方法により本件旅行への参加を勧誘したものであつて、右の行為は、「ロンジン」を金二四〇万円購入すれば本件旅行に実質的に旅行費用の半額の負担で参加できる旨を通知したものであるから、本件金二〇万円の提供には「顧客誘引性」が認められるものであり、また、本件金二〇万円は「ロンジン」について通常の値引とは別に、取引外の要素である旅行参加者に限定して供与されたものであることなどから、本件金二〇万円の提供は、売買代金の一部として取引の本来の内容をなす経済上の利益の提供と認められるものではなく、「ロンジン」の販売促進のため同取引に附随して提供されたものとみるべきであるから、「取引附随性」が認められるものである。

次に、右告示第一項但書は、「正常な商慣習に照らして値引と認められる経済上の利益」は「景品類」に含まれない旨を規定しているが、これは、それが本来的に当該取引の内容をなすものであつて、「景品類」とは認められないからである。しかして、本件金二〇万円が右但書にいう「正常な商慣習に照らして値引と認められる経済上の利益」に該当するか否かは、時計卸売業界における従来の慣行、本件企画内容等を勘案し、公正な競争秩序維持の観点から判断すべきところ(したがつて、新規のものをすべて否定することとはならない。)、本件審決が説示するように、本件金二〇万円の供与は、右業界における値引の慣行にも、原告自身の従来の値引の仕方にも従つておらず、かつ本件旅行費用の半額返還の趣旨で提供された顧客誘引手段であつて、公正競争阻害のおそれが認められる以上、到底右但書に該当するとは解されない。

右のとおり、本件金二〇万円は、「ロンジン」の取引に附随して、本件旅行費用の半額返還の趣旨で提供された顧客誘引手段であり、かつ、公正競争秩序維持の観点から不当であり、正常な商慣習に照らして値引とは到底認められないのであるから、景品類にあたるのである。

同第3項(四)について。

本件旅行の性格について、公正取引委員会は、告示第一七号第二項第一号の該当性の有無をも含め十分な調査検討を行つた結果、本件旅行に商品知識の指導の目的が含まれていたとしても、これを全体としてみれば、まさにヨーロツパ観光旅行という以外にはなく、本件金二〇万円の提供が右告示第二項第一号に該当しないと判断したものである。なお、本件審決が審決書上でこの点に言及した記載をしなかつたのは、審判手続において原告が請求原因第3項(四)のような主張をしなかつたからにすぎない。

理由

一  被告が原告を被審人とする公正取引委員会昭和五一年(判)第七号事件について、昭和五二年一〇月二四日本件審決をしたこと、本件審決が、請求原因第2項記載のとおりの事実を認定し、原告がした本件金二〇万円の提供が景品表示法第三条の規定に基づく告示第一七号第一項の規定に違反するとしていること、以上の事実は当事者間に争いがなく、本件審決が認定した右事実が外形上存在したことは原告もこれを争わないところである。

二  原告は、本件審決には、請求原因第3項(一)ないし(四)のとおりの違法があると主張するので、以下順次判断する。

1  請求原因第3項(一)について。

営業活動の態様を選択する自由は、いわゆる営業の自由の一内容をなすものとして、憲法第二二条第一項、第二九条により保障されているものと解されるところ、それが公共の福祉に反しない限りにおいて保障されているものであることは右各条項によつて明らかであり、これに対する公共の福祉のためにする制約は、憲法上、法律それ自体によつてのみなしうべきものとされているわけではなく、法律が、特定の事項につきその具体的内容の規定を他の国家機関に委任することも許容されないわけではないと解される。

ところで、景品表示法は、その第三条において、「公正取引委員会は、不当な顧客の誘引を防止するため必要があると認めるときは、景品類の価額の最高額若しくは総額、種類若しくは提供の方法その他景品類の提供に関する事項を制限し、又は景品類の提供を禁止することができる。」と規定し、制限すべき景品類の提供に関する事項及び禁止すべき景品類の提供の具体的特定を公正取引委員会に委任しているが、その特定が、公正な競争を確保し、もつて一般消費者の利益を保護することを目的とし(同法第一条)、この目的達成のために必要かつ相当と合理的に認められるものに限られるべきことは明らかであり、また、同法第二条は、「景品類」についての定義規定を設けており、同法第三条の委任は右のような限定のもとになされたものと解することができる。また、経済社会における取引方法、競争手段等の複雑性、多様性、変転性等にかんがみるときは、景品類の提供を現実に即して規制するためには、公正な競争秩序維持についての専門的行政機関である公正取引委員会をして具体的に右規制の内容を定めさせることに合理性が認められるのみならず、同委員会が同法第三条の規定による制限若しくは禁止等をするときには、公聴会を開き、関係事業者及び一般の意見を求めるべきものとされ(同法第五条)、同委員会が権限を濫用することに対する防止措置が講じられているのである。以上の諸点を合わせ考えると、同法第三条に基づく具体的特定を告示に委任することは、憲法に違反するものとはいえず、したがつて、右委任に基づき定められた告示第一七号は、憲法に違反するものとはいえない。

よつて、告示第一七号の違憲をいう原告の請求原因第3項(一)の主張は失当である。

2  同第3項(二)について。

本件審決が引用する審決案の理由中「第二 証拠」の欄に第一の二(一)及び同二(二)の事実を認定した証拠として掲げられた証拠(そのうち、「同岩橋信次」とあるのは「同岩橋信治」、「同大久保元章」とあるのは「同古久保元章」の各誤記と認める。)を総合すれば、原告は、自己の販売先である時計の小売業者を対象として本件旅行を計画し、その費用の半額を自ら負担するという企画に基づいて、本件案内状により、本件旅行に参加した小売業者が昭和五〇年一年間に「ロンジン」を金二四〇万円相当以上仕入れた場合、右小売業者に本件旅行費用の半額を返還する旨通知し、これに従つて、後日本件金二〇万円を右半額返還の趣旨で提供したものであるとの被告の認定を是認することができる。右証拠のうち参考人小谷年司、同岩橋信治、同辻野利夫、同古久保元章、同生駒一夫の各供述中には右認定にそわない部分も存するが、本件審決が右各部分をも証拠として採用したものでないことは、その認定事実と証拠の内容を対照すれば明らかであり、右証拠の取捨判断に経験則違背等の違法は認められない。

原告は、本件案内状中の「原告が旅行費用の半額を負担することとなる」旨の記載は宣伝文句にすぎず不正確なものであり、本件旅行費用は全額旅行参加者が負担したと主張する。しかし、本件案内状である査第四号証には、「1昭和五〇年一年間にロンジン二四〇万円のお買上をお願い致します。2お申し込み時に御参加費用として四〇万円を申し受けます。3お買上額が満額に達しましたら、その一月後に二〇万円を現金にて御返済致します。つまり当社が旅行費用の半額を負担する事となります。」との記載があり、右記載は、その文言を客観的にみると、原告が本件旅行費用の半額を返還して負担する趣旨を表すものといわざるをえず、本件旅行に参加した小売業者が申込みにあたつて旅行費用を一旦全額払い込んでいるとしても、そのことは、本件案内状により通知され、後日返還された本件金二〇万円が前記の趣旨のものであることを何ら左右しうるものではない。

また、本件審決が認定するように、原告は本件案内状配布後、旅行参加希望者の一部の者との間に「とりきめ」と題する契約書をとり交わしているところ、査第七号証によれば、右契約書には、旅行参加者は本件旅行に参加するにあたつて以下のとりきめをするとして、「(1)昭和五〇年一年間に「ロンジン」を金二四〇万円相当仕入れる。(2)「ロンジン」の仕入が金二四〇万円に到達した一箇月後に現金で二〇万円を値引勘定として受け取る。」との記載がなされており、審判手続における参考人小谷年司、同岩橋信治、同辻野利夫、同古久保元章、同生駒一夫の各供述によれば、本件旅行に参加した小売業者で「ロンジン」の仕入高が金二四〇万円に達した者のうち一部の者は現金にて、多くの者は「ロンジン」を含めた時計類の仕入代金債務から金二〇万円を差し引く方法により本件金二〇万円の提供を受け、ほとんどの者はこれを経理上値引勘定として処理していることが認められるが、このことは、本件金二〇万円の提供が経理上値引の形式で処理されることが合意され、そのとおり処理されたというにすぎず、右が本件旅行費用の半額返還の趣旨で提供されたものであることを左右するものではない。

原告の請求原因第3項(二)の主張は採用することができない。

3  同第3項(三)について。

景品表示法第二条及びこれに基づく告示第三号第一項本文によれば、同法に規定する「景品類」は、顧客を誘引するための手段として、取引に附随して提供される物品、金銭その他の経済上の利益であり、いわゆる顧客誘引性及び取引附随性のあることを要件としているものということができる。そして、原告の主張は、要するに、告示第三号第一項但書によれば、「正常な商慣習に照らして値引と認められる経済上の利益」は「景品類」に含まれないとされており、これは値引も顧客誘引性及び取引附随性があることを前提としているものであり、右にいう「正常な商慣習に照らして値引と認められる経済上の利益」とは、その外見上の態様にとらわれることなく、「取引高に占める金額的割合が当該業界における正常な商慣習に照らして値引として通常行われる範囲にとどまつている経済上の利益」をいうと解すべく、外国製時計の卸売業界において公正競争確保、一般消費者保護の観点から是認されて存在している値引率に照らすと、本件金二〇万円は、その提供に顧客誘引性及び取引附随性があるとしても、右但書にいう値引と認められる経済上の利益に該当するものと解すべきであるというにある。

よつて按ずるに、値引は、取引の対価の一部を減額することであつて、当該取引の本来の内容自体をなすものであり、取引に附随して提供されるものとはいえないから、前記二要件の一たる取引附随性を欠き、この点においてそもそも景品表示法第二条、告示第三号第一項本文にいう「景品類」とは認められないものである。しかしながら、現実の取引社会においては、形式的にはひとしく値引と呼ばれるものであつても、様々の態様のものがあり、「景品類」とまぎらわしい態様のものもありうるところであつて、「景品類」とこれに含まれないものとされる値引との区別は必らずしも一見して明確であるとはいえない。そこで、告示第三号第一項但書は、値引が「景品類」に含まれない旨を確認的に規定するとともに、当該経済上の利益が「景品類」に含まれないものとされる値引にあたるか否かは、正常な商慣習に照らしてこれを判断すべきものとする趣旨を規定したものと解される。そして、右の判断は、当該経済上の利益の内容、提供の条件、方法、当該業界における慣行等を勘案し、公正な競争秩序維持の観点から、右利益が当該業界において取引の本来の内容をなす値引であると認められるか否かについてすべきものであり、したがつて、右判断にあたつては、過去に同様の態様の前例が当該業界ないし当該事業者において行われたことがあるか否かの観点のみから判断すべきでないことは原告主張のとおりである一方、原告主張のように当該経済上の利益の取引高に占める金額的割合のみを問題とすべきものでもないというべきである。以上の観点に立つて本件をみるに、本件金二〇万円は、本件旅行費用の半額返還の趣旨で提供されたものであり、その提供が、本件審決の認定するように、時計卸売業界における値引の慣行にも、原告自身の従来の値引の仕方にも従つていないことからすれば、到底取引の本来の内容をなすものとはいえず、取引附随性が認められるものというほかない。したがつて、本件金二〇万円とその提供の条件である「ロンジン」の年間仕入高金二四〇万円以上との金額の比率を考慮するまでもなく、本件金二〇万円をもつて前記但書にいう「正常な商慣習に照らして値引と認められる経済上の利益」に該当するとは認めがたいというべきである。

よつて、原告の請求原因第3項(三)の主張は採用することができない。

4  同第3項(四)について。

公正取引委員会のした審決に対する取消訴訟において、右のような主張をすることは、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律第八〇条、第八一条の各規定の趣旨に照らし、原則として許されないものと解すべきである。のみならず、被告は、本件審決において、本件金二〇万円の提供が告示第一七号第二項第一号に定める景品類の提供に該当しないと判断したものと解されるところ、右判断は、本件審判手続において取調べられた証拠に照らしてこれを是認することができる。

よつて、原告の請求原因第3項(四)の主張はいずれにしても採用の限りでない。

三  以上の次第であつて、本件審決には原告主張のような違法はなく、右審決は正当であるから、その取消しを求める本訴請求は失当として棄却を免れない。よつて、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大塚正夫 小林信次 三好達 柴田保幸 河本誠之)

(別紙)

審決

主文

一 被審人は、時計の小売業者を対象に、「七五年栄光ツアー・バアゼル・フエアを見よう!ヨーロツパ旅行」と称する旅行の企画に基づいて行つた景品類の提供が、景品表示法第三条の規定に基づく「事業者に対する景品類の提供に関する事項の制限」(昭和四二年公正取引委員会告示第一七号)第一項の規定に違反したものである旨を速やかに公示するとともに、その取引先である小売業者に対し、これと同一内容の通知をしなければならない。この公示及び通知の方法については、あらかじめ、当委員会の承認を受けなければならない。

二 被審人は、今後一年間、時計の小売業者に対して、「事業者に対する景品類の提供に関する事項の制限」第二項各号に掲げる景品類を除く景品類の提供を行うときは、あらかじめ、当委員会に届け出なければならない。

三 被審人は、第一項に基づいて行つた公示及び通知について、速やかに、文書をもつて、当委員会に報告しなければならない。

理由

一 当委員会の認定した事実、証拠及び被審人の主張に対する判断は、いずれも別紙審決案と同一であるから、これを引用する。

二 右の事実によれば、被審人の行為は、景品表示法第三条の規定に基づく「事業者に対する景品類の提供に関する事項の制限」第一項の規定に違反するものである。

三 よつて、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律第五四条第一項、景品表示法第七条第二項及び規則第六九条第一項の規定により、主文のとおり審決する。

(別紙)

審決案

主文

一 被審人は、時計の小売業者を対象に、「七五年栄光ツアー・バアゼル・フエアを見よう!ヨーロツパ旅行」と称する旅行の企画に基づいて行つた景品類の提供が、景品表示法第三条の規定に基づく「事業者に対する景品類の提供に関する事項の制限」(昭和四二年公正取引委員会告示第一七号)第一項の規定に違反したものである旨を速やかに公示するとともに、その取引先である小売業者に対し、これと同一内容の通知をしなければならない。この公示及び通知の方法については、あらかじめ、当委員会の承認を受けなければならない。

二 被審人は、今後一年間、「事業者に対する景品類の提供に関する事項の制限」第二項各号に掲げる景品類を除く景品類の提供を行うときは、あらかじめ、当委員会に届け出なければならない。

三 被審人は、第一項に基づいて行つた公示及び通知について、速やかに、文書をもつて、当委員会に報告しなければならない。

理由

第一事実

一 被審人は、肩書地に本店を置き、時計、宝石及び貴金属の卸売業を営む事業者であり、輸入時計「ロンジン」を販売している。

二(一) 被審人は、同社の直接販売先である時計の小売業者を対象として、「七五年栄光ツアー・バアゼル・フエアを見よう!ヨーロツパ旅行」と称する旅行を行うことを企画し、小売業者がこの旅行に参加するに当たつては、<1>参加費用四〇万円を支払う、<2>参加する小売業者が昭和五〇年一年間に「ロンジン」を二四〇万円仕入れた場合には、その一か月後に現金二〇万円を返済する、つまり被審人が旅行費用の半額を負担するものである旨を通知し、右旅行の参加者を募り、同年四月一九日から同月二八日までの一〇日間右旅行を実施した。

(二) 被審人は、前記(一)記載の企画に基づき、右旅行参加小売業者のうち、「ロンジン」の購入額が二四〇万円に達した者に対し、一名につき二〇万円を提供した。

(三) しかるに、被審人が相手方事業者一名に対して提供することができる景品類の価額は年一〇万円までであるから、被審人の提供した前記景品類である二〇万円の価額はこの制限をこえるものである。

第二証拠<省略>

第三被審人の主張の要旨と審判官の判断

一 被審人の主張の要旨

被審人は、本件二〇万円の供与について、

(一) 本件旅行について実際に要した費用は、全額、旅行参加者が負担しており、被審人が本件二〇万円の供与により、その一部を負担したものではない。

(二) 被審人と旅行参加者は、「とりきめ」と題する契約書により明白なように、本件二〇万円を値引勘定として授受するということで合意しており、また、経理上も値引処理しているから、本件二〇万円は、「ロンジン」二四〇万円仕入れ達成に対する値引である

ので、景品表示法第三条の規定に基づく「事業者に対する景品類の提供に関する事項の制限」第一項に規定する「景品類の提供」には該当しない旨主張する。

二 右主張に対する判断

(一) 被審人の主張する右(一)について検討するに、

イ 本件旅行は、被審人が同旅行への「御参加条件」として定めた「ロンジン」二四〇万円の購入達成の期限(昭和五〇年一二月末日)の終了に先立つて実施されたものであつて、旅行実施当時においては、本件旅行に参加する取引先が右参加条件を達成しうるかどうか未確定であるという状況の下において、被審人は、取引先多数に対し、「1昭和五〇年一年間にロンジン二四〇万円のお買上をお願い致します。2お申し込み時に御参加費用として四〇万円を申し受けます。3お買上額が満額に達しましたら、その一月後に二〇万円を現金にて御返済致します。つまり当社が旅行費用の半額を負担する事となります。」と記載した案内状を配布する等の方法により本件旅行への参加を勧誘したものであつて、右の行為は、「ロンジン」を二四〇万円購入すれば、本件旅行に実質的に旅行費用の半額の負担で参加できる旨を通知して顧客を誘引したものであると認められる。

ロ また、本件企画の立案者である参考人小谷年司は、本件二〇万円供与の目的について、「本件旅行に参加する取引先の経済的負担を軽減する方法として企画した」旨陳述している。

これらの点を総合して判断すれば、被審人が取引先多数に対し、本件二〇万円を旅費の半額返還の趣旨で提供して顧客を誘引したものであると認められる。

(二) 次に、被審人の主張する右(二)について検討するに、

イ 前記案内状は、前記のとおり、本件二〇万円を旅費の半額返還の趣旨で提供する旨通知したものと認められるところ、右「とりきめ」は、これを変更したものではなく、単に、本件二〇万円供与の方法について、旅行参加者が「値引勘定として受けとる」ことを確認したにすぎないものと認められる。

このことは、前記参考人小谷年司が右「とりきめ」を締結した理由について、「旅費を半額で行けるというのなら二〇万円しか支払わないという人が出てくると思う。このようなトラブルが起るので、旅費の半額(負担)はパンフレツトには書いたけれども実際には値引でいきますよ、それでよいかという確認のため作つた」旨の陳述をしていること及び右「とりきめ」は、旅行参加者の一部と取り交わされたものにすぎないことからも明らかである。

ロ 時計業界において卸売業者の小売業者に対する値引は、輸入時計の場合、通常、卸売価格の一割程度を毎月の販売の都度、請求金額から控除してなされており、被審人も右のような値引を行つてきたところ、本件二〇万円は、「ロンジン」について通常の値引とは別に、取引外の要素である旅行参加者に限定して供与したものであり、しかも取引先の昭和五〇年一年間の「ロンジン」の購入累積額にかかわりなく一律に、二四〇万円の購入達成の一月後に二〇万円を供与するものであつたことからすれば、本件二〇万円の供与は、値引の慣行にも、また、被審人自身の従来の値引のしかたにも従つて行われたものではない(これらの点は、参考人小谷年司の第三回審判における陳述及び査第一三号証の供述聴取報告書の記載その他の証拠によつて認めることができる。)。

これらの点を総合して判断すれば、本件二〇万円は、売買代金の一部として取引の本来の内容をなす経済上の利益と認められるものではなく、「ロンジン」の販売促進のため同取引に附随して提供された経済上の利益であると認められる。

景品表示法においては、正常な商慣習に照らして値引と認められる経済上の利益は景品類に当たらない(昭和三七年公正取引委員会告示第三号)のであるが、本件二〇万円が正常な商慣習に照らして値引と認められる経済上の利益に該当するか否かについては、本件「ロンジン」の取引内容及び本件企画内容等を勘案し、公正な競争秩序維持の観点から判断すべきものと解するのが相当であるところ、本件二〇万円は、前記認定のとおり「ロンジン」の取引に附随して、本件旅行費用の半額返還の趣旨で提供された顧客誘引手段であつて、不当顧客誘引性が認められる以上、正常な商慣習に照らして値引とは到底認められないものである。

以上のとおりであるから、被審人の主張は、これを採用することができない。

第四法令の適用

前記事実によれば、被審人の行為は、景品表示法第三条の規定に基づく「事業者に対する景品類の提供に関する事項の制限」第一項の規定に違反するものである。

よつて、独占禁止法第五四条第一項及び景品表示法第七条第二項の規定により、主文のとおり審決することが相当であると考える。

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